京都の観光旅行(地図)

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二条城

二条城


地図




二条城(にじょうじょう)

京都市中京区二条通堀川西入二条城町にある江戸時代の城。京都市街の中にある平城で、京都観光の定番となっている。城全体が国の史跡に指定されている他、二の丸御殿が国宝に、22棟の建造物と二の丸御殿にある計954点の障壁画が重要文化財に、二の丸御殿庭園が特別名勝に指定されている。さらに、1994年にはユネスコの世界文化遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録された。


二条城は、かつて平安京の大内裏であった場所の南東端と、その南にあった禁園(天皇の庭園)である「神泉苑」跡とにまたがる地にある。東西約500メートル、南北約400メートル、ほぼ矩形だが、厳密には東側から見て凸型となっている。南北の幅が狭くなっている西側部分が、徳川家光の時代に行われた寛永の大改修によって拡張された部分で、家康による創建時は現在の東側半分のみであった。

縄張の形式は、本丸の四方を二の丸で取り囲む「輪郭式」に分類されるが、本丸が中央より西寄りに配されている。本丸は、約150メートル四方のほぼ正方形であり、本丸と二の丸の間には内堀が、二の丸の周りは外堀が作られている。二の丸は、本丸の北と南にある仕切門によって東西に分かれている(この西側部分を「西の丸」と呼ぶ資料もある)。家康による創建時は、現在の二の丸東側部分が本丸であり、本丸のみで構成される「単郭式」であった。大手門前の広場と堀川通を隔てて堀川が流れているが、総郭とまでは言えないものの第一防御線として想定されていた可能性はある。

二条城の敷地は、現在の京都市街にもほぼ受け継がれている平安京の町割りに対して、約3度の傾きがある。これは、宣教師によって日本にもたらされた磁石を普請の際に用いたためである。

将軍滞在の城としては規模も小さく防御能力に問題がありそうだが、家臣の疑問に対し家康は「一日二日も持ちこたえれば周辺から援軍が来る」「万が一この城が敵の手に落ちたら堅城だと取り返すのに手間がかかる」と答えたと伝えられる。



東大手門。奥に二の丸御殿を囲む築地塀が見える。外部との出入り口としての城門は、東西南北に1つずつある。正門は、堀川通に面した東大手門である。南門は大正4年に新たに作られたもので、この南門と西門は外堀を渡る橋が撤去されており使用されていない。また、北大手門も普段は閉鎖されている。この他に城内には、5つの城門がある。二の丸を東西に分ける北中仕切門と南中仕切門、二の丸と本丸を結ぶ通路への入り口となる鳴子門と桃山門、その通路から内堀を渡った本丸への入り口となる櫓門である。